んにちは、おっくんです!

僕のブログ『会社員の豊かメディア』にご訪問いただきありがとうございます。

このブログでは、会社員の方向けに

をメインに僕の実体験を元に記事を書いています。

元々は自分の体験や経験を備忘録代わりに書いていたのですが、読んでくれる人が徐々に増えて不定期ではありますが書き続けることができています。

ブログでは少し珍しいかもしれませんが、家族や友人、同僚にもこのブログを運営していることは伝えているので身バレしまくりです。

たまに「〇〇の記事読んだけど面白かった」ということを直接言ってもらえるので、それが嬉しくて続けているという側面があります。

記事にコメントいただけると、読んだ方を身近に感じれるので気軽にコメントください(パソコンの向こう側で歓喜しています)。


『豊かメディア』の『豊か』は選択できるという定義で使っています。

これはドラゴン桜の作者が描いた『エンゼルバンク』というマンガで出てくる言葉です。

「どれだけ物が溢れていても選択肢が1種類しかないのでは豊かさは感じれない。選択できる権利をもって初めて豊かさを感じられる」

みたいな感じで出てくるのですが、「めっちゃ良い言葉やな」と感銘を受けてサイト名に使っています。

『豊かメディア』の記事を通して、選択肢が拡がったり、何か決めるときの後押しになれば、嬉しい限りです。

おっくんってどんな人?

僕のプロフィールを簡単に記載しておきます。

【出身】兵庫県
【年齢】30代前半
【住居】東京都で妻と2人暮らし
【経歴】楽天→個人事業主+携帯ショップ→旅行サイト→IT会社
【趣味】
国内旅行:31都道府県に宿泊
メルカリ:1000件以上の販売実績
株式投資:8年目。直近3年は利益継続。
節約:年100万円ぐらいは貯金。

プロフィールを見てもらえたらわかる通り、趣味をブログに書き連ねているような感じです。

生まれは関西で東京に5年ほど住んでいます。

仕事の関係もあるので今後も東京で暮らすことを予定しています。


(ここから先は僕が社会人になってからこれまでの経験について書きました。ご興味あればごらんください)

最初に就職した会社は楽天でした

2011年に新卒で入った会社は楽天で、その当時は英語公用語化に踏み切った直後でした。

TOEIC650点以上を取らないと配属されないというルールのもと、点数が足りない新卒社員はひたすら英語の勉強をします。

このときに「何が何でもやり遂げる」という楽天の文化を体感しました。

集中した英語勉強のおかげか5月末にはTOEICの点数を無事クリア、6月には営業の部署に配属、さらに9月には希望していた楽天市場の部署に異動になりました。

ただの落ちこぼれ社員

楽天市場の部署に配属されてから2年半は営業+コンサルといった仕事をしていたのですが、最初の1年半は成績が全体の中でも下から数えたほうが早いぐらい悪かったです、。

どう見ても落ちこぼれ社員でした。

目標は達成できないし上司にはつめられるし、正直仕事を楽しいと思えませんでしたね。

怒られ過ぎると人はどうもうまく喋れなくなるようで

「あれ?俺って喋るときにこんなに言葉に詰まってたっけ?」

という経験もしました。

平日は毎朝起きるのが苦痛で土日は次の月曜日が来るのも恐ろしかったです。

サザエさん症候群どころか土曜日のお昼には月曜日のことを考えて憂鬱になっていました。

「辞めたい」とかではなく「辞めるしかないかな・・・」という諦めみたいな状態でした。

その当時のメンターの先輩がいなかったら2年目には辞めていたと思います。

とはいえ辞めなかったからといって何か状況が変わるわけではなく、ただ耐えるように2年目も終わりを迎えました。

転機はひょんなことから

そんなダメダメな状態に転機が訪れました。

ある先輩の送別会でお酒を飲みすぎて酔いつぶれてしまいました。

楽天に入ってから酔いつぶれるほど飲むということをしていなかったのですが、そのときはいつの間にか飲みすぎてしまったのです。

昔から酔いつぶれると意識が半分ないような状態で色々と口走ったりふらふらしているのですがそのクセがでてしまいました。

後から聞いて今回もやらかしたことを聞きましたが、意外とネガティブなものではなく面白かったという反応でした。

そこから先輩社員とコミュニケーションがとりやすくなり、訪問で先輩に同行いただけることも多くなりました。


その結果、今までうまくいっていなかった営業も少しずつうまくいくようになりました。

そして3年目になる直前に目標を達成できるようになったのです。

今思えば当たり前のことですが、実力がないうちは先輩の手助けを借りて進めたほうが結果が出しやすくなります。

転機は自分でも思っていなかったのですが飲み会で酔いつぶれたことでした。

仕事でうまくいき始める

3年目に入ってからは毎月苦戦しながらも目標を達成できるようになりました。

先輩社員に訪問同行してもらったり、提案方法をロープレしてもらったりと着実にスキルが身に着いたからだと思います。

またちょうどこのころ興味本位で株式投資をしていたのですがアベノミクスでにぎわいをみせている時期でした。

株式市場がどんどん上がっていくのでとりあえず買った銘柄が利益が出る状態でした。

たまに大きな損失を出すもののそれ以上に利益があり「株ってすげぇな」と実感してました。

自分で200万円ぐらいを株式投資していたことから「会社規模ならこれぐらいのお金は普通に使えるんだろうな」ということが分かり、提案にも幅が出始めました。

「商売しているなら100~500万ぐらい投資するのは普通だよね」というマインドになったので、堂々と提案できるようになったんですよね。

個人事業主になることを決める

なんとか目標を達成できるようになったことで仕事自体はうまくいってたのですが、「目標達成しても喜びはないんだな」ということを感じるようになっていました。

どちらかというと目標を達成してほっとする、という感覚でした。

目標はずっと達成し続けたのですが感覚は変わらず、それよりも担当した会社さんの売上をいかに上げれるかということのほうが圧倒的に楽しかったですね。

この感覚が芽生えてからだんだんと仕事に対して違和感を感じ出しました。


そんなもやもやした気持ちを持っていたときに、個人事業主や起業家の人たちの話を聞く機会がありました。

自分自身で仕事を生み出している姿がなんかかっこよく見えて、僕もそちら側に行きたいという気持ちになりました。

そこからコンサルを受けて個人事業主を始める準備を半年間かけてしていきました。

個人事業主をスタートする準備がある程度できたタイミングで会社に退職の意思を告げ、その1ヵ月半後に退職しました。

ちょうど3年間働きましたが社会人の基礎や考え方は楽天に作ってもらいました。

個人事業主のスタート

個人事業主になってからは準備してきていた株やウエブのコンサルの仕事をしつつ、株式投資の収入で生活できていました。

元々、自身の個人事業主が1~2年うまくいったらその体験を教えるようなスクールをやるという狙いがありました。

個人事業主のスタートはそこそこ良いスタートが切れたと思っていました。

甘い見通し

個人事業主をスタートしてから半年間ほどは問題なく生活できていました。

この頃は「このまま続けていればなんとかなるだろう」という楽観的な考えでした。

しかし、継続してうまくいくようなものではありませんでした。

コンサルの仕事が長くは続かなかったこと、また折悪く株式投資で損失を出し始めていました。

また辞めるまではあまり意識していなかった税金の存在も大きかったです。

税金は前年の収入に応じてかかり、健康保険は今までよりも高いので、税金分を稼ぐだけでも一苦労でした。

収入は減っているのに税金はしっかりかかることが精神的にきつかったですね。

あとはそれまでの生活の気分でお金を使っているとどんどんお金がなくなりました。

楽天のときはあまり気にせずに外食をしたり出かけたりしていたので。

一度上げた生活レベルを下げるのは思っている以上に難しいです。


また長期投資で積み立てていたお金などもあり使える現金も減っていました。

色んなことが重なりいっきに窮地に立たされていました。

自分の立てた見通しの甘さから1年半経ったときには使える現金が100万円ほどになっていました。

ここまでくると株の資金確保すら怪しくなるレベルです。

後で振り返るとよく分かりますが全てにおいて甘かったです。

携帯ショップと2足のワラジ

個人事業を立て直そうにもなかなかうまくいかず、資金的には半年もつかどうかという状態になりました。

しかも知人が少ないのに東京に出てきてしまっていたため人とほとんど喋らない期間というのがありました。

スーパーに行ってレジ打ちのおばちゃんと「袋入ります?」「大丈夫です」みたいな会話ぐらいしかないんですよね。

元々の性格として会話は好きだったので、喋る機会がないことで少しずつ気分が悪くなっていきました。

「喋れる仕事がしたいなぁ」そういった気持ちもあり仕事しながら立て直すことを決めました。


人と喋れる仕事がしたかったことから、一日中喋ってそうな携帯ショップの仕事をすることにしました。

楽天を辞めて個人事業主になった手前、働き始めてからすぐには両親や友人にも携帯ショップで働いていることを伝えることができませんでした。

しょーもないプライドだけ残ってたんですよね。

そんな感じで始めた携帯ショップの仕事でしたが、予想していた通り休憩以外の1日8時間はお客さんと会話するような仕事でした。

おかげで会話欲はだいぶ満たされ精神的には安定しました。

自分が「何にストレスを感じるか」を把握して仕事をしないとダメだなと考えさせられましたね。

僕にとっては「人と喋る」「コミュニケーションをとる」という要素が必要だったことに気づかされました。


そして予想以上に携帯ショップは覚えることや販売する商材も多く飽きなかったです。

そこからは日中に携帯ショップの仕事をして、時間の合間に投資の分析やメルカリ販売などの個人事業を少しやるといった生活です。

1年間はリハビリのような時間だったのですがだいぶ気持ちや生活が安定してきました。

2足のワラジも悪くない

携帯ショップと個人事業主で働きながら気づいたこととして「この生活は悪くないな」ということです。

というのも、楽天のときよりも収入は減りましたがそれでも仕事を日々楽しめましたし、個人事業での収入も小さく作れてきていたので。

このころには貯金も300万円ほどに増えていて月に数回は外食もでき、旅行も年に2回ほどは行けるようになっていました。

このときに思ったのが「仕事が自由にできて収入がそこそこある人生は良いな」ということです。

楽天のときは収入が多かったものの仕事は毎日夜10時以降に帰る生活、しかも仕事のプレッシャーは大きいです。

個人事業主は自由ですが収入がないとただただ苦しいだけ。

「会社員で自由に仕事できて個人事業主で収入ある状態が自分には合ってる」

2足のワラジも悪くないことに気づけました。

旅行メディアの会社に転職

旅行のイメージ

携帯ショップで2年間働いたのちに僕は旅行メディアの会社に転職しました。

携帯ショップの仕事は楽しかったので悩みましたが、数年後を考えたときに厳しい業態になることが予想できたからです。

携帯ショップはあくまでもKDDIのフランチャイズ契約なので、お客さんがとれないとじり貧になります。

このころは格安SIMの存在がどんどん大きくなっていて、携帯ショップは少しずつ苦しい状態になっていました。

今後も活躍して働くには、興味があって、しばらく衰退しない場所を選ぶ必要があると感じました。


その中で選んだのが旅行メディア(旅行情報や予約できるポータルサイト)の会社でした。

インターネット販売の知識は今後も生きるし、楽天のときのECコンサルの知識が使えそうということ、国内旅行も好きだったというのが理由です。

29歳だったので転職活動は苦戦すると思っていたのですが、2か月で決まり、2018年1月から新しい会社で働き始めました。

旅行業界とサイト運営を学ぶ

旅行メディアの会社で働き始めて、新しく学ぶことが多かったです。

・旅行商品
・旅行業界
・会社のビジネスモデル
・サイト運営

旅行商品や業界については日々知識を増やしていくしかありません。

とあるときにこのエリアの相場は「〇〇円ぐらいだ」「この旅行会社さんの商品が安い」とかが徐々にわかるようになっていきました。

自身でも旅行に行く回数を増やしたり、旅行サイトを使う機会を増やしたり、パンフレットを見たり、本当に日々旅行について見まくってました。

今ではどうやって予約すると安いとか、良さげなホテルの選び方などがだいぶ分かるようになりました(とはいっても外すこともありますが)。


サイト運営に関しては実際に体感してみて理解できる部分が多かったです。

「検証作業」「Google広告」「canonical」「CSS」など挙げだすときりがありませんが、グーグルで調べて先輩社員に質問して実際に触ってみて・・・、ひたすら繰り返しです。

やってみないと分からないですし、やってみてうまくいかないことも多いので振り返りですね。

仕事だと試せる範囲にも限界があったので、自分でサイトを立ち上げて記事を書いたりしていました(それがこの豊かメディアです)。

そうこうしているうちに、うまくいくパターンというのが少しずつ蓄積されていきサイトの運営にも生かせるようになりました。


こういった新しいことを学ぶ過程で、「あれ?新しいことを学ぶのって結構好きかも?」ということに気が付きました。

人によっては新しいことを0から勉強することに抵抗を示すかもしれませんが、僕は逆に分からない状態から理解できている状態になる過程が好きなようです。

生活コストがものすごく下がった

このころ「節約がきつくない」という状態を作れました。

楽天を辞めてから支出面で痛いめにあった教訓を生かし、2016年から節約や貯金について実践してきました。

最初は節約することでものすごくガマンしている気持ちになったのですが、慣れてきた今ではメリハリをつけて使えるようになりました。

そのおかげか収入は楽天にいたときの8割ぐらいですが今のほうが貯金は多くできています。

元々ストレスのせいか飲み代もかかっていて(週に3回以上飲んでいた)、年間に300万円以上支出がありました。

今思えば身体にもお金にも得のない生活習慣だったと反省しています。

今では旅行に年5~6回行ったりしてますが、それでも年に200万円以下の生活費になりました。

生活コストが下がると仮に職を失っても耐えることができるので、精神的にも安心できることに気づけました。

急に支出を下げるのってかなり苦しいですし難しいので、徐々に下げて慣らしていくのが良いです。

節約に関しては、『手取り20万円の生活は?会社員が毎月貯金するためにオススメの節約方法8選!』で紹介しています。

2018年12月に入籍&2019年7月に結婚式

プライベートでいうと2018年の12月に入籍しました。

1年半お付き合いした女性と同棲したのちにプロポーズしました。

出会いは普通に生活していたらほぼなかったのでマッチングアプリを使いました。

親世代とかだと割と驚いたりしますが、個人的には「普通のお見合いや合コンとかと変わらない」と思ってます。

相手の女性も普通に会社員している同い年ぐらいの人です。


結婚に向けては、プロポーズ→婚約指輪&結婚指輪→結納→結婚式という流れでした。

結婚は想像以上にお金がかかるイベントだなというのを身をもって知りました。

指輪と結納だけでも100万円以上かかりましたし(これでも相場より安い)、結婚式は現金で前払いになります。

僕らは出身が関西と九州、そして2人の職場が東京というバラバラすぎたのでけっこうお金がかかってしまいました。

ただ、結婚式は開いて本当に良かったです。

おそらくですが人生においてあれだけ祝福される日というのは、そうそうないでしょうし、来てくれた家族や友人があれだけ笑顔になってくれる日というのも結婚式ならではだと思いました。

タイムマシンで過去に戻って「結婚式を開くか?」と聞かれれば間違いなく結婚式を開くと答えるでしょう。

男性の僕ですらそう思うので、女性が結婚式をしたいという気持ちはよく分かります。

ITシステム会社に転職

割と平和に過ごせていたのですが、人生なかなか甘くないなと思うできごとがありました。

皆さんご存知のとおり、2020年1月から世界中に忍び寄り打撃を与えたコロナ感染症です。

ニュースでも流れていましたが観光業は2020年4~5月はひどい打撃を受けて、前年の5%以下(つまり20分の1)の会社がほとんど。

僕の勤めていた旅行メディアの会社も避けることはできませんでした。

こういった業界全体に影響があるできごとはどうしようもできないですね。

ほとんどの旅行会社同様に社員の大半に対して休業措置(それ以外方法がない)がとられましたが、いつまで続くのかも分からない状態でした。

最初は僕も楽観的に捉えていましたが、緊急事態宣言が明けても旅行に行けるような雰囲気は戻りませんでした。


5月下旬あたりで「これはまずいんではなかろうか?」という思いが湧いてきました。

会社側からすれば売上が見込めないのに社員に給料を払うことはできないわけです。

そして普通の会社は売上がない状態が半年も続けば現金が枯渇してもおかしくないので、会社からすれば人を減らしたいという考えになりますよね。

僕も仕事していない状態が続くのは望ましくなかったので、それであれば転職して仕事しようという決断になりました。

当初は苦戦することが予想されましたが、業界や業種をうまく選んだおかげか1か月で採用内定をいただくことができ無事新しい職場で働き始めました。

会社はITシステムを扱う会社で営業の職種です。

これまでの法人営業経験やインターネットの知識があるという理由から採用いただけました。

システム営業に関しては未知の領域ではありましたが、0から学ぶ過程を何度も経験しているのでそこまで大きな不安はありませんでした。

新しい会社でもがんばって知識とスキルを身につけたいと思います。

転職活動については、『【30代の転職活動】コロナ下での転職活動についてブログにまとめた【体験記】』も合わせてご覧ください。

最後に

自己紹介が長くなってしまいましたが最後まで読んでいただきありがとうございます。

このブログではこれまで僕が経験した実体験をもとに記事を書いています。

客観的な意見ではなく、完全に主観的な意見だからこそ伝えられる側面があるかなと考えています。

僕自身も個人の体験・経験が書かれているブログサイトを読むことが好きなので、同じように楽しんでいただける人を増やしていけたらという思いもあります。

これからも記事の更新を続けるので『豊かメディア』をよろしくお願いします。